今のところ艦これ日記が中心です。先輩提督の皆様のイベントや深部海域攻略アドバイスに深い感謝をしつつ。
 「艦これ変想」は、艦これを題材にした二次創作です。ご笑納ください。
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遠いどこかの港で 5: 埠頭

 昨年末の海戦は秋の大海戦と比べれば確かに酷いものではなかったと思う。かといって楽だったかと言えばそうとは思わない。強力な助っ人でもある「霧の艦隊」の3人を母港に迎え入れるまでそれなりの苦労はさせられた。しかも、コンゴウ撃沈を最終目的とする3つの特別海図と、現在開示されている通常海域の第5海域3図面目(5-3)迄は、彼女ら3人の助力が無ければ自分が現在指揮している彼女達のみでは制覇出来なかったと思う。3人は既に去ってしまって、記念の模型が飾られた箪笥がその名残として執務室に置いてあるが、これは、この先にもこのような助力がくるかも知れないという望みと、自分の指揮能力や母港の総合力はまだまだ低いという戒めの両方を示していると感じる。

 ノックの音に入室許可を出すと、ゆっくりと扉が開く音と、これまたゆっくりとしたお嬢様の声がした。
 「今頃ご出勤? のろまなのねえ……」
 「あーあーあーあー。聞こえない」
 「提督のご年齢はさておき、レディは生涯レディ。優雅に、されど隙を作らず。これがレディの嗜みでしてよ?」
 「熊野がレディなのは認める。だが、自分には自分の生き方というものがあるのだ」と、そこで先日執務室にログインした時に見た光景を思い出した「……そういえば、この前執務室で居眠む」
 言い終わらぬうちに熊野は自分の正面に絶妙な脚裁きで回り込み、握った右の拳をスッと自分の胸元3寸前まで突き出した。
 「レディは余計なことは口にしないものですわ」
 「これは失礼」降参の仕草をする「……じきに午後の演習の時間だ。君が最上型では最後の着任になってしまった。5戦なるべく旗艦にするつもりだ。早く航巡に改造して皆と共に頑張ろうじゃないか」
 「よろしくてよ……一捻りで黙らせてやりますわ」
 熊野はコロコロと笑い、扉を開けっ放しにしたまま出て行った。

 救出後、廊下ですれ違った青葉と大喧嘩になるところを皆で止めた一件、山の手お嬢様風口調、攻撃時のあの訳が分からぬ奇妙なかけ声……熊野も鈴谷と同じく、一癖も二癖もある彼女達の一人なのだなと、いつものようにふぅと溜息をついた。
 史実を紐解くことを覚えた今、彼女達の性格に史実がどれ程関わっているのか考えることがある。まあ、熊野は自分の母港に一番最後に着任した最上型であり、既に3人は航巡に改装済みなため焦っているのかも知れないと真っ先に感じたが。
 史実では、熊野はサマール沖海戦にて勇猛果敢に突き進むも、中破以上の被害を受け、戦闘続行不可能となり撤退開始。だがそんな彼女を不幸が遅う。損傷が激しいために識別困難となってしまった彼女をなんと同じ日本海軍の戦闘機が攻撃してしまう。それに追い打ちを掛けるように米軍機が襲来。満身創痍になりつつもレディの誇りと根性で切り抜け、マニラへと到着する。その後、先日あった青葉との大喧嘩寸前の原因となったことが起きてしまうのだ。

 「あなたね! 弱きを助け強きを挫くのがレディの誇りというものでしょう!!」
 「は、はひぃ!?」
 飄々としており、人の話に首を突っ込みたがる青葉もこれには面食らったようだ。

 史実の続きを書いてみよう。熊野は彼女と同じように損傷甚大の青葉と共に前線から日本へと後退への途についていたのだが、途中米潜水艦に襲われ、先行していた熊野が魚雷を受けて航行不能に。そんな彼女に青葉が発したのは「ワレ曳航能力ナシ、 オ先ニ失礼」という悲しい知らせだった。
 度重なる窮地にも決してひるまなかった彼女も、僚艦からこのような……お先に失礼などという文言を告げられたら、ぶち切れんばかりだったと自分は想像する。無論、青葉も無念だったとは思う。彼女は熊野よりも速度が出ず、自分が生き残るだけで精一杯だったはずだ。ただ、熊野の後方に位置していたためか、それとも懸命な回避運動が上手くいったためか、運なのか(実際、青葉の運ステータス値は他の重巡よりかなり良い)青葉は台湾を経由して日本帰還を果たしてはいる。
 
 さておき、あの時の怒りにまかせて機銃掃射のようにまくしたてる熊野にどうしていいか分からず「それは状況がそうでして。そ、それでは失礼いたしまーす!」と逃げようとした青葉を熊野が先ほど自分に見せた瞬発力で引き留め……結局、最上型の残り3人の説得と、摩耶の怒鳴り声、果ては先任重巡である那智の登場でやっと落ち着いたと聞いた。川崎重工業神戸造船所生まれという生粋の山の手お嬢様だが、史実が彼女の内面に深い影を落としてしまったのではと自分は考察する。

 話は少し横に逸れる。
 熊野を含め、救出可能率や建造成功率が低いために出会いにくい彼女達は多い。それでも、彼女達はそういう確率などお構いなく、救出後に「やっと出会えてうれしい」と笑顔を見せたり、「怖かった怖かった」と震えつつ泣きじゃくったり、「どうしてもっと早く助けてくれなかったの」と、瘴気の名残を身にまとったままで自分を激しく揺さぶったりする。彼女達を取り込んでいた呪いや瘴気がそうさせるのか? 2人目の彼女が1人目の彼女とやや違う反応をすることもあった。官舎でしばらく過ごすと落ち着くのか、先任の娘と同じような反応になるのだが。もう少し研究したい所だが、人数が増えてきたため170人「しか」収容できない我が母港では予備はあまり置けない。複数居るのは特定の彼女達のみで、基本は一人だけだ。天龍と龍田は長時間遠征引率という任務柄3人ずつおり、しかも提督になって直ぐからの付き合いなので、この二人が自分にとっての基準になっていると言えよう。天龍はあの通りサッパリとした性格なので3人そろってもアッサリしたものだ。龍田は間宮食堂で3人で談話しているのを見かける。何について話しているかは分からないが、遠くから見ると、いつもの「微妙な」笑みを浮かべているから彼女なりに楽しくやっているのだろう。遠征先で出会った他の提督指揮下の彼女達から聞いた話でもしているのだろうか。だが、自分はやはり龍田が苦手だ。一人でも妙な絡まれ方をして対応に苦慮するのに、3人同時にやられたらひとたまりも無い。だから龍田「達」を見かけた時はそっと退散することにしている。

 仮想世界にのみ存在できる人の形をしたもの。0/1で構成された存在であり、人間とは異なり、仕様から外れることはないとされる。
 それでも、電子の息吹とでもいうのだろうか。小説を読んだり映画を見たりするのと異なり、仮想空間に没入して疑似体験するからだろう。不思議な気持ちになることがある。
 あの時もそうだった。そして、自分は自分が感じた事を素直に彼女達に伝えたいと思ったのだ。

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 「装備解除始め!」
 旗艦のハルナを始めとした第一艦隊が埠頭に整列している。自分は軍艦旗から軍服着用の人間姿に戻り、逆に彼女達の装備グラフィックは無音でかすんで行き、消えていった。
 「私は大丈夫だが」
 「私もよ。二人でMVP取りまくりで爽快だったわ」
 タカオは青い髪をふわりゆらせてご機嫌そうだ。この二人には、今まで自分が接してきた彼女達にはない「超重力砲」なる特殊装備が通常装備ブロックとは別に備わっている。何しろ、砲弾ではなく「よくわからないビーム」で敵艦隊を薙ぎ払い、運が良ければ一度の攻撃で相手側数隻撃沈させてしまうのだ。
 「わたしは、ちょっと疲れた」
 青みがかった銀色の髪の少女はとんとん、と華奢な肩を叩く。それほど疲れた表情はしていないが、ハルナとタカオとは明らかに違う点がある。
 
 蛍のような光がふわふわとハルナとタカオの身体を覆っているのとは異なり、イオナ、北上と大井、飛龍はそのような光を身にまとっていない。
 これが通称「キラ付き状態」か否か、というものである。
 蛍の光は視覚的効果だ。身にまとう光でキラキラ輝いて見えるため「キラキラ状態」とか「キラ付き状態」と先輩提督方が呼ぶようになったと聞く。彼女達の「集中力・ヤル気」などが上昇し、スペック値を最大限生かすことができることを表している。反対に、疲労が貯まっている状態も視覚的に確認できるようになっている。彼女達の表情にそれは現れ、現実世界の人間が風邪で熱を出しているかのような状態になっていく。ぐったりとして足下がおぼつかない、目がどんより、顔色が悪いなどだ。こうなるとスペック値を生かせず、攻撃や回避のミスが多くなってしまい、与ダメージ値が下がるか攻撃そのものが失敗し、被弾率が上がる。現実世界の機器が整備不良で故障したり、きちんとチェックし整備しているものが順調に動くのと同じ事……いや、それ以上の差だ。何故なら、装備破損がない耐久値MAX値であっても疲労は蓄積するので、そのまま疲労度を無視して続けて出撃させてしまうと、疲労はさらに貯まって行き、結果回避が遅れて被弾、普段の状態なら小破未満で済むところを、小破や中破以上で帰投となり入渠ということになってしまう。彼女達に適度に休息を取らせつつ戦わせることは、入渠回数を減らすこと=修理用資源の節約となり、兵站維持の観点からでも重要なポイントとなる。
 また、遠征においてもこのキラ付き状態でいることは重要で、遠征部隊がしっかりと輸送艦を警護している為安全に資源を運べることから、疲労もないがキラ付きでもないという普通の状態よりも1.5倍の量を母港にもたらしてくれるのだ。
 そのため、彼女達の表情、具合を読み取り、状態に合わせて指示を与えるのは勿論のこと、持ち帰り資源の多い長時間遠征や今回のようなイベント海域攻略時には最大限の力を発揮してもらう為、彼女達をキラ付き状態に持って行くのは提督として極めて重要な事なのである。
 彼女達をキラ付き状態にするには、タカオが言っていたようにMVPを取りまくって戦意高揚させるのが一番である。そのために先輩提督は「キラ付け法」というのを生み出した。自分はこれからそれをキラ付きじゃない4人に行おうとしている。

 「「司令官さま、おかえりなさいませー! 巻雲、万全の体制でお待ちしてました!」」
 2人の巻雲がおっとととっと、と、ぶかぶかの袖を振り回しつつ、あぶなっかしい足取りでやってきた。その後には潮、吹雪が続いている。帰投前に埠頭に来るよう命令を出していたのだ。自分は複数のモニターを開いて、攻略情報を見つつ、チェックシートのラジオボタンを押したり、指で取り消し線を入れたりした。先ほどの戦果をメモし、資源量や第一艦隊6人の状態がどうか、第2~第4艦隊の遠征状態のチェック、今回救い出した彼女達を宿舎へ送り届ける担当の呼び出し指示を出したり等である。彼女達はコンディションによって休んだりできるが、自分は特別海域攻略時、少ないときは数時間、長いと6時間以上休む暇は殆ど無い。
 「それじゃキラ付けに行こう。まずはイオナ
 イオナがこくりと頷く。
 「巻雲」
 2人の巻雲の胸元にそれぞれのステータスモニターが表示される。レベルが低い方の巻雲を指さした。
 「お役立ちです!」
 「潮」
 「あっ、はい……」
 「各艦、装備確認!」
 3人の前に装備ブロックが入った装備スロットモニターが開いた。自分と彼女達は装備ブロックを指差し確認する。
 「「「装備よし」」」
 
 その時、このところいつも聞こえる声が官舎へ続く道からした。
 「妹はッ! 瑞鶴はおりませんか!」
 夕焼けを映して金銅の輝きを放つ長い髪を揺らしながら、弓を手にした乙女が駆け寄ってくる。翔鶴だ。
 「……」
 自分は無言で首を振った。瑞鶴翔鶴の妹である。今、自分が攻略している特別海域の3番目の海図は、瑞鶴が深海棲艦に捕らわれている確率が高いという情報がある。実際他の提督から救出成功報告は上がっている。そのため、今の海図を攻略し始めてから、翔鶴は第一艦隊がその海図から帰投する度、妹が救出されたか確認しに来るのだ。しかし、今回救出したのは羽黒と扶桑であり、瘴気に捕らわれていた時の苦しみがまだ抜けてない羽黒を扶桑が優しく支えていた。
 「ああ、ああ…… 今回もですの……」
 彼女の駆け足は歩みに、そしてとぼとぼとしたものへ変わっていく。
 「今度こそーって思ってるんだけどさぁー こればっかりはねー」
 北上が、目を閉じて顔を伏せる翔鶴の肩にそっと手を置いて、でも、いつものくだけた口調で語りかけた。
 「あたしがさー、大井っち待ってるときもそういうキブンだったから分かるんだけどさー」
 「巻雲も、いつのまにか沢山になりました。きっと瑞鶴さんもいつのまにか沢山になると思います」
 「……そう、そうあって欲しいと思っています。でも、あの子は寂しがり屋だから、とってもとっても…… 今も泣きながら海の底で待っていると思うと、せつなくてせつなくて」翔鶴は右手で顔を覆った「攻略が進んで残りの出撃回数も見えて来たと提督がおっしゃって、でも、まだ会えなくて、私、私……」
 指の隙間から涙の輝きが見える。苦しい。例え彼女達がどういう存在か分かっていても、苦しい。

 「待たせて済まないと思っている」自分はモニターを一時的に閉じ、翔鶴の前に立った「君たちにとって姉妹の絆はかけがえの無いものだと自分は理解している。課題クリアの為に瑞鶴に会いたいと思ってはいない。仮想世界であっても、君たちはここに居る限り「確固とした存在」だと自分は考えている」
 自分の言葉に、周りに集う彼女達はそれぞれ独自の反応を示している。「霧の艦隊」の3人……ハルナは言葉集めの為か、じーっとこちらを見ている。イオナはどこからか出してきたヒトデをフニフニして一人遊びしている。今はこちらの世界に一時的に来ているものの、彼女には頼れる存在がちゃんといるので安心なのだろう。何しろ最初期に生まれたメンタルモデルゆえ、人の営みというものを「霧」なりによく観察し、データを蓄積しているせいだと、「霧の艦隊」が登場する別の世界の物語を見て自分は思っている。タカオは、イオナと深い信頼関係にあるその人物のことを思い出したのか、乙女プラグインが発動中だ。
 北上は大井と顔を見合わせてはうんうんと謎のうなずきをしている。二人は軽巡でも特殊な艦種の為か絆も深いように感じる。大井を救い出すまで、何かに付けてチクチクと大井救済を催促されたものだ。大井着任後は常に二人で行動しており、運用もペアが多い。……フランクな北上のことだから、きっと楽しい娘だと思っていたら超毒舌娘で唖然としたが。
 
 「現実の人間によって創造された、仮想世界でのみ行動する存在であっても、君たちが持つその「名」と、名が背負った歴史が「縁」を呼んでいると、この頃自分は強く感じる。他の提督が指揮する君たちと話し合うことは仕様上出来ないが、多分、他の提督も似たような思いでいるのではと信じたい。……自分はセンス・オブ・ワンダーを持つ人間でいたいからね」
 「センス・オブ・ワンダー。不思議な響きの言葉だ」
 ハルナがぼそっと呟く。
 「夢想論者とでも言うべきか。デジタルの世界であっても、不思議な事はあるんじゃないかと期待したいのだ」

 実際不思議に思うことがある。彼女達との出会いがそうだ。なかなか会えないだろうと言われている彼女達の一部に自分は比較的苦労せず出会っている。かと思えば、新たに改二が実装されたということで慌てて探しにでかけた「普通ならば直ぐにどこででも出会える彼女」に半月近く出会えず不安になったこともある。他の仮想世界でも似たような経験をしてきた。10回サイコロを振れば一度は6が出る確率だと言われても、100回振っても出ないときは出ないし、1度でコロリと出る時があるのは現実世界でも仮想世界でも同じであり、人の手ではコントロール出来ない領域なのだと。

 パンパンと自分はいつものように手を叩く。
 「さあ、羽黒と扶桑も落ち着いたと思う。瑞鶴、すまないが二人を官舎へ連れて行ってくれないか」そして、羽黒と扶桑の方へ振り返りやや声を大きくし「現在進行中の海図攻略終了後にしかるべき指示を出すので、それまで待機してくれ」
 母港が充実してきたこの頃、救助した彼女達へ出す指示の内容はほぼ決まっている。だが、自分はそれを軽々しく口にしたくない。別の世界の物語を第三者視点で観察する時代から、物語に没入して疑似体験する段階へと変わっていった今、仮想世界であっても現実世界と同じデリケートさが求められると自分は思っている故である。その相手が、仮想世界に没入している他の人間でも、仮想世界の住人であっても。

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 翔鶴は自分の母港でも最先任の正規空母である。課題をクリアすることで着任する赤城よりも先に、である。これは雪風に続く自分の不思議な幸運劇の一つだ。
 雪風を引き当てたことで、この仮想世界では自分のサイコロが今までとは違う動きをするのではないかと淡い期待を持ち、その後毎日1~2度試したレシピ建造によって生まれた。だが、建造完了後にベッドからしとやかに降りてきた翔鶴は、雪風のような元気な挨拶をするのではなく、不安そうな瞳で自分を見つめ「妹はどこですか?」と尋ねたのだった。
 史実を紐解くようになって、どうして彼女達が姉妹を大事にするのかが分かってきた。一部の軽巡重巡から上の艦種は姉妹で共に行動することが多いのである。翔鶴は妹をかばうがごとく被害を一身に受け、先に沈んでいったのだ。そして、瑞鶴は活動可能な最後の空母として最後までがんばり抜く。そんな妹を海の底から姉は見守り、祈り続けていたのだろうか。
 
 デイリー任務のように、編成や攻撃に関しても課題がある。それは母港の戦力を強化や出撃のモチベーションを高めたり、指針になったりする。海域制覇を進めるにつれ様々な彼女達が救ってきたことや、建造で幸運をごくごくごくたまに引き当てたりして編成関連のクエストはただ一つを残してクリアできている。その最後が「五航戦」つまり、翔鶴瑞鶴姉妹を救出するか建造するかで、第一艦隊に配備することだった。空母に関連する編成課題は他にもあったが、先任正規空母翔鶴が関係するこのクエストがいつまでも果たせないのは本当にもどかしい。何より、時折埠頭にたたずみ、潮風に髪を揺らせながら海の向こうを見つめている彼女の後ろ姿を見るのが悲しかった。

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 翔鶴羽黒と扶桑を連れて官舎へ戻った後、自分は自らの頬を両手でパシッっと叩き、気合いを入れる。感傷に浸ってぐずぐずしてはいられない。特別海域には特殊ルールが存在する事がある。秋の大海戦ではそれに苦しめられた。「ボスゲージ」と呼ばれるそれは、1度海図のボスを撃沈させただけでは海図制覇にはならないのだ。何度も海域に出撃し、ボスを撃破してはゲージを減らしていかねばならない。そしてゲージがゼロになった時点でボスを撃沈して始めて海図制覇となる。先ほどもそのゲージの減り具合をモニターで確認していた。今回の海戦は秋の大海戦とは違って時間によってゲージが回復することはないが、それでもあのときのトラウマがあり、さっさと片付けたいというのが本音である。そのためには4人分の「キラ付け作業」をスムーズに終わらせ、第一艦隊を再度特別海域に出撃させたい。

 「気を改めて……イオナ、巻雲、潮をで第一艦隊編成。装備展開ッ!」
 「「「了解」」」
 自分の号令で、巻雲と潮には12.7cm連装砲二門という装備グラフィックが所定の位置に、海面移動のための推進装置が脚に、それを動かすための機関部やマストがセットになった装備が背中に出現する。イオナだけは彼女達と異なり、戦闘モードになったことを示す青い全周モニターが展開した後、彼女の真の姿である霧の艦イ401の艦姿グラフィックに包まれた。
  自分はイオナの前に立ち、深呼吸した
 「イオナ、君を旗艦とす。軍艦旗掲揚!」
 「がってん」
 
 軍艦は戦闘時に軍艦旗をマストに掲揚する。この仮想世界でも現実世界の戦時国際法等に則り、同じように掲揚する。何故そうなのかと言えば、提督は彼女達のように装備を付けて海を移動することが不可能なため、一時的にアバターを人型から軍艦旗に変身させることで戦闘海域へ第一艦隊所属の彼女達と共に向い、陣形指示や状況判断を行うことが出来るようにする為である。海域で人型に戻れるのは戦闘終了時のみ。救い出される迄瘴気に取り込まれて苦しんでいた彼女達を安心させるには一時的に人型に戻るのが良いという仕様だからだろう。それに、仮想世界とはいえ、出会いというのはやはりそれなりのドラマがあっても良いと思うのだ。

 「よし、第一艦隊抜猫!」
 3人は埠頭にあるリフトの椅子に座る。リフトは海面へ向かって斜めに降りてゆく。彼女達の脚にある推進装備が海面につくタイミングでリフトは停止した。
 「これより1-1へ向かって単縦陣形維持で前進
 
 何故1-1なのか。簡単な理由だ。キラ付き状態にしたい彼女にMVPを最速で取らせる事が可能だからである。単艦で赴くことも可能だが、ボスマスに進むんだ場合、最大4匹の深海棲艦を相手にせねばならず、例え戦艦であっても稀に被弾する事がある。重要な戦いを控えているため出来るだけ被弾は避けたい。そのため、随伴に低レベルの駆逐艦に来てもらうことで彼女達にいわば……盾になってもらおうという寸法だ。
 
 1-1の最初のコマに到着。敵の深海棲艦は駆逐ロ級1隻のみ。サメの頭部だけのような姿だ。提督になったばかりの頃は手こずったが、今では何の問題も無い。
 「火器管制、オンライン。追尾システム、標的をロックオン」
 潜水艦には興味深い点がいくつかある。戦艦や重巡からの砲撃や、対潜能力を持たない航空戦力の攻撃を受けないということだ。また、軽巡駆逐艦がソナーや爆雷を搭載していない場合、被弾率や被ダメージも小さい。それに加えて、索敵と航空戦の後、本格的な砲撃戦の前に先制攻撃を行えるのだ。潜水艦だけでなく甲標的搭載の北上や大井も同様で、彼女達が大活躍するのはこの能力を使えるためでもある。
 砲撃戦にも行動順があり、射程が長い装備を持つ娘から攻撃を開始する。そのため、軽巡以上のキラ付けには駆逐艦の低レベルを。駆逐艦のキラ付けには、救助したばかりで戦闘経験がなく、装備をはずさせた彼女達に来てもらうよう自分は決めている。随伴艦が装備を外すことで、キラ付けしたい駆逐艦に確実に最高与ダメージを叩き出してもらうためだ。
 イオナを包む、彼女の身長とほぼ同じ長さのイ401から魚雷が発射された。仕様上、艦種が潜水艦でも彼女達は海面に立っているため、イオナが発射した魚雷はいきなり海中に出現してから勢いよくロ級に向かって行く。

 1-1の最終コマではこちらが優位であってもそうではなくても、夜戦に持ち込まずに戦闘終了命令を出す。戦闘結果がどうであってもMVPは取得は可能なのでさっさと切り上げる方が得策だからだ。こちらが敗北してもMVP取得によってキラ付けしたい彼女の戦意が高揚してくれればそれで問題無い。
 「これくらい霧の艦艇なら直ぐ終わる。でも、1つ撃沈しそこねた。残念」
 今回の1-1最終コマはボスコマだった。4体の深海棲艦が出現する。イオナの先制攻撃と、砲撃戦の後の3人の魚雷戦で2隻の深海棲艦を撃沈し、イオナはMVPを取った。だが、巻雲は小破し、潮は大破してしまった。
 「潮、ありがとう」一旦、海上で人型に戻った自分は巻雲に支えられた潮に軽く礼をする。
 「私でもお役に立てれば……それで……嬉しいです」
 この後、先ほどの羽黒や扶桑ど同様、潮にも発しなければならない命令がある。だが、それは後でまとめて行う。
 「さあ、戻るぞ」その前にモニターを操作して、深雪に埠頭へ出頭するよう命令を出した「時間が惜しい」

 再びリフトによって埠頭に上がる。イオナが埠頭に足を降ろすと、彼女の身体を蛍の光が包み込み始めた。キラ付け成功である。
 「キラキラ。ちょっと、くすぐったい」
 「もう大丈夫だな」
 イオナはこくりとうなずく。
 
 「司令官ーッ! なんなんだよぉー! 初雪が見事ババ引いてこれからって時だったのにさー!」
 息を弾ませながら深雪が埠頭へ走ってきた。どうやらトランプをしていたらしい。
 「おいおい、今は特別海域攻略中だぞ。いつでも出撃できるような心づもりでと伝えたはずだが」
 「ババ抜きで勝ち抜くにも戦略はあるんだって!」
 「気持ちは分かる」自分はババ抜きも苦手だ「さて、巻雲、君も辛いと思うが潮を支えてやってくれないか。一緒に官舎で休んでてくれ」
 「はいぃぃ。それでは、巻雲、がんばるですよ」
 「司令官のお役に立ってまいりますぅ」
 二人の巻雲はぶかぶかの袖をくるくると回して挨拶を交わした後、小破した方は潮に背を貸しながら官舎へと向かっていった。本来ならば直ぐに入渠させるのがセオリーだが、今回そういう指示を出したのには別の目的がある。それは後で書こう。
 「では、次の番。北上」

 飛龍を除く全員がキラ状態になったのを確かめると、埠頭の待機場所で小休止していた攻略メンバーを最集合させた。
 「ゲージは半分以上削れてきている。だが、気を抜くな。いつ大破するか分からん。今回はほぼ予定通りに進んでいるが、絶対というのはない」
 「フフッ、霧の艦隊をナメてもらっては困るわ。私たちの強さ、深海棲艦とやらがトラウマになるまで叩き込んであげる!」
 「コンゴウ…… 例えキリシマが居なくても、私は結果を出す」
 「作戦さえよければ、酸素魚雷撃ちまくってサックリ終わらせるわ」
 大井、余計なヒトコトさえなきゃ、おとなしめの美人なんがだが……とはいえ、北上と大井も雪風同様、その強さゆえ特別海域攻略には欠かせないのは十二分に分かっている。
 「よし、第一艦隊、出撃準備!」

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 ノリで続きを。章が段々長くなってきました。大丈夫かな……

 熊野についての描写は、ファンの方からお叱りを受けるんじゃないかとビクビクしてますが…… いわゆる「アッパーカット」ネタをやりたかったというのと、青葉との史実でのからみを出したかったのがあります。
 艦娘としての外見やセリフは山の手お嬢様なんだけれど、史実だと、艦これ的に中破か大破に近い状態のために味方から誤認されて攻撃をうけてしまったとか、青葉からの「オ先ニ失礼」などの厳しい話があるので…… それらを読んで、自分の熊野に対する印象というのが変わったため、それをそのまま記したという感じです。でも、最上型は全員コツコツ育成中ですよ! とぉおぉお!

 艦娘は、セリフの中で様々なベクトルで姉妹について触れてますね。一番好きな姉妹は利根と筑摩というのは以前書きました。今までの変想には出てきていませんが、後々出したいと思います。
 この変想のネタ帳を作っているとき、雪風に続いて引き当てた翔鶴のエピソードで一つ書きたいと思っていました。翔鶴のセリフから、翔鶴は妹をかわいがる心配性のお姉さんというイメージを抱いたので、そういう方向でいこうと。アルペジオコラボイベと絡めるかは書き始めるまで考えてませんでした。でも、アルペジオイベについても書き残しておきたかったし、丁度キラ付けの話も説明できたので良かったと思っています。

 ウルティマ・オンライン(UO)をやっていた時から、ネトゲの中で展開される物語に時折深く気持ちを入れてしまうことはありました。UOの場合、シーアと呼ばれるイベントスタッフが行うイベントが凄く楽しかったのもあります。予告もありますが、何の告知もなくいきなり倉庫前など、人が沢山集まる場所にシーアが現れてイベントを開始することがありました。モンスター沸きイベというような単純なものではなく、あちこち移動したりして、複数のシーアがミニドラマを演じたりするのを見たり、そこで起こった問題を解決するためにプレーヤーが右往左往したりとかありましたね。
 
 今ではほぼ下火になってきていると思うのですが、一時期リンデン社の「セカンドライフ」をやっていたことがあり、また、サイバーパンクが好きなこともあって、今回はより「艦これが仮想空間で遊べるゲームだったら」という感じが強まったと思っています。自分が今まで見た艦これを題材にした物語は、提督はほぼ母港で待機という描写だと思うんですよね。でも、実際ゲーム中では陣形指示や、大破の為や3-2-1育成で途中帰投を選んだりする訳で、それは現場にいないと出来ない事ではと自分は思った訳です。かといって艦娘に背負ってもらう訳にもいかないし……ということで考えたのが、軍艦旗として旗艦と同行するというアイデア
 セカンドライフでは、プレイヤーが操作するアバターは、欧米っぽい外見の人間だけでなく、スクリプトを入れた3Dオブジェクトを装着することで動物に変身したり、現実世界の着ぐるみの頭部のよう3Dオブジェクトを装着して萌えキャラになることも出来ます。他にも色々なアバターがありましたね。だったら、より自由な仮想空間なら軍艦旗にもなれると思う訳です。旗だけど、いわゆる「中の人」は居る訳だから……ってことで、前章のような描写になっています。
 それ以外の、出撃前~埠頭から抜猫するまでの描写についても、仮想空間ゲームならこうだろうという考察で表現してみました。